5月末からブログを始め、半年は毎日更新を目標にしていましたが、1か月も続きませんでした。それは、一日ごとの学びの無さ、私の知識不足もそうですが、仕事がしんどくてブログを書こうという気持ちに至らなかったのが大きな原因です。何かを継続させるには努力と時間だけでなく、熱量が必要なのだと身を持って知りました。この記事は私個人の反省文であり、かなり長文になります(笑)

6月29日(水)の添乗にむけて・・・

この日のお仕事は、私にとっても、会社にとっても、お客様にとっても特別なお仕事でした。担当営業マンが変わりつつも約4年通いようやく勝ち取ることが出来た新規団体であったのと、ただの日帰り旅行ではなく「研修旅行」という名目だったからです。

かなり重要な新規団体!当然上司が指揮を取るのかと思いきや、担当は私だと言ってきました!?2人でやろうとは言ってくれてはいましたが、実際のところ、企画も資料作成、お客様との連絡も全部私がやっていたので丸投げ状態でした。自分がリーダー、指揮をしないといけないと思うと不安な気持ちに支配され6月中は生きた心地がしませんでした。思考能力が明らかに低下していました。

一番困ってしまったのは、研修会場が思っていたより狭かったのと、テーブルも小さかったことです。新型コロナの対策をかなり意識されているお客様だったので、このまま何も対処せずにご案内してしまったら絶対にクレームになるのは明らかでした。にも関わらず、現地の営業マンの考え方は「今までこれくらいの人数(110名様)でご案内してクレーム貰ったこと無いですけどね」の一点張りで、ソーシャルディスタンスやアクリルパネルの相談など、こちらの要求を全然聞いてくれず、怒りを通り越して、悲しかったです。そして、営業マンとして舐められてしまったのもあり、私自身もお客様のために、お客様の立場に立っての要求&交渉が出来なかったことが悔しかったです。結局上司が交渉をしてくれました。ただ、会場の広さはどうすることも出来ないので、新型コロナ対策としての安心材料としてアクリルパネルに関してはこちらで用意することになりました。飲食業としてアクリルパネルを持っていないことに対して上司はかなりお怒りでしたが、お客様からクレームを貰うよりはましだと思いました。

事前準備、出来うる限りのことはした!企画としては失敗(ご案内する施設を間違えた)と感じましたが、ご参加のお客様に罪はないので、せめて研修旅行として円滑に進むようにしなければという思いで当日を迎えました。

事件は当日も起こりました。集合場所にお客様が来ないということで、バス2台出発が遅れました。でもドライバーさんの力量のおかげさまで、そこまでの大きな時間差なく最初のパーキングエリアでバス5台合流することが出来ました。次に、研修会場地に入れ込みの連絡をしたところ「準備が間に合わないから、到着してもお待ち頂くことになる」と。この返答に呆れてしまいましたが、現場を指揮できる助っ人を現地に派遣していたので、助っ人さんの働きによりなんとかお客様をお待たせすることなく会場へご案内することが出来ました。

研修会においてお茶はセルフサービスとのことだったので、ガイドさん達には事前にお客様へ飲み物の配布のお手伝いをお願いしていたのですが、精鋭揃いで、テキパキとこなしてくれてあっという間に終わりました。ただ、プロジェクターの起動がなかなか上手くいかず、分かる人の呼び込みに時間がかかってしまった。その間、上司はマイクを取り「少々お待ち下さい。」「飲み物は行き渡っていますか?」などアナウンスをしていた。「本来なら担当営業マンがやるんだよ」と言っていた。

研修会の後は、その会場がそのまま昼食会場になるので、一度退室をしないといけないのだが、昼食なのでソーシャルディスタンスの面で気を使わないといけないので、会場のレイアウトを変更や、鍋が出てくるので会場が熱くなるから冷房をガンガンきかせてといった現場の支持をほぼ全部上司がしていた。やはり場数が違うなと感じました。

7月6日~8日 in長野★約2年半ぶりの宿泊添乗!

このお仕事は、間違いなく今年一番の大仕事です!我々も宿泊添乗が久しぶりですが、お客様としても3年ぶりのイベントです。細かい説明は省きますが、〇〇市全体の老人クラブのご旅行で、今回はバス8台(約240名様)に収まりましたが、例年は参加人数が500名様、全盛期は1000名様集まるほどの大きな団体様です。

ルールや条件が色々あり、やることもいっぱいある上に、同僚が出発日の約1週間前に体調を崩してしまったこともあって、準備がより一層大変になりました。6月29日の添乗で精神えぐられていた心境でもあったので、心も身体も休むことが出来ない1週間でした。

添乗に向けての準備は、本当に必要最低限の準備しか出来ず、色々抜けてしまっていました。車内販売用の集計表の紙や封筒、添乗の上で必要な書類の予備を忘れたり、そもそも普段は添乗前に段取り整理もかねて資料整理もするのだが、寝る時間優先で何にも出来ていなかった。そんな状況で挑んだ旅行は私としては「この会社にいる意味を感じられない」くらいにダメダメな結果だった。

上司や後輩ちゃんは、次に繋げる営業をしていた。派遣添乗員さんもお客様とコミュニケーションをガンガンとっていた。印象に残る添乗業務をしていた。私はというと、誘導や飲み物の配布業務などの必要最低限のことしか出来ませんでした。お客様と向き合う時間をあまり作れていなかった。否、作ろうとしていなかった。自分に自信がなかったからだ。

接客業を怠った。

確認を怠った。

迅速な対応が出来なかった。

気遣いが出来なかった。

お客様の集合写真に対しての配慮が足りていなかった。

私の頭が回っていなかった。

お客様の立場に立って物事を考えられていなかった。

お客様との喋りに夢中で、道路状況の確認を怠り渋滞迂回が出来なかった。

乗務員に対する指示だし、コミュニケーションが上手くいかなかった。

あとは宴会の時、挨拶、乾杯、司会、〆の挨拶を誰がするのかを事前に打ち合わせをするものですが、宴会の時間がきてから思い出して、割り振りがグダグダになってしまった。場慣れしたお客様だったから良かったものの、ド新規のお客様だったら完全にアウトだったことでしょう。

私はダメダメでしたが、旅行としては、成功に終わりました。でもそれは、ドライバーさん、ガイドさん、私以外の添乗員、旅行委員さんなどなど、皆様の能力に助けられたからです。正直私は、ただいるだけのお飾り添乗員だったと感じています。

今の仕事に対しての想い

私はこの仕事に向いていない。

今も昔もこの想いは変わらない。今回の添乗を終えてその想いが一層強まったのと、死んだ方が良いのではないかとさえ思った。「ここで上手くいかないなら、どこいっても一緒だよ」以前上司に言われたこの言葉が重荷で、私の退職したい想いに対しての足枷になっている。どうせ上手くいかないなら、人生を、生きる事もろとも諦めてリタイアしてしまおうかと思った。7月9日~10日の二日間は、放心状態で何もする気が起きなかった。

頭の中が悲しみと、将来の不安に塗りつぶされて何も出来なかった。

ここ1か月はずっとそんな心境だった。

新しい知識を取り入れることも、

ブログを書くことも出来なかった。

でも、ようやくブログを書くことが出来た。

ようやく駄目な自分と向き合える勇気が生まれた。

私は、今生きています!

7月8日から約2日間。何もやる気が起きず、食事もせず、飲み物も飲まずに過ごしていた。上司やお客様からの電話もあったけど、応じる気力が生まれなかった。このまま干からびて死んでしまえれば良いのにと思った。

「生きてる~!?」

そんなメッセージを送ってきてくれた友人がいました。この一言に私は救われました。生きてていいんだと思えたら涙があふれてきました。無心状態だった私に感情を取り戻してくれた言葉でした。

生きてると実感した後は、溜まりに溜まったラインやDMなど返信していきました。遊びの約束、お茶の約束、動画編集の依頼、9月の企画、ご新規の見積もり依頼、お馴染みのお客様からの秋の見積もり依頼などなど、未来の約束をたくさんしました。私の生きる希望と意味は未来にあったようです!